伝記
ドュルチェ・マティアス ドュルチェ・マティアスは、カーボベルデ共和国に生まれ、その地で音楽に導かれながら育ちました。マティアス家は、この国に大きな影響を与えた音楽一家で、おじに当たるジョン・マティアスは、とりわけ輝かしいキャリアを残しています。 ドュルチェは、子供の頃から家庭内で母親やいとこたち、そして祖父でありカーボベルデの著名なバイオリニストのニョ・キシマとともに、伝統歌の数々を歌っていました。 ドュルチェは音楽と歌を心から愛してやみません。 彼女は生まれつき稀な音色の歌声を備えていましたが、その響きは非常に厳しい訓練によってさらに磨きがかけられていきます。 彼女にとってモデルとなった歌手は、バーブラ・ストライサンド、そして何といってもエラ・フィッツジェラルドは究極の存在でした。ドュルチェにとって、ジャズは「声を鍛えるための最高のジャンル」であり、ブルースは「そのリズムが、カーボベルデの人々が祖国を思うときのノスタルジーに最も近い」ものでした。 ドュルチェは自身の出身地にこだわり、カーボベルデの文化と言語を忠実に守り伝えるという強い意識を持ち、伝統音楽でやっていく決心をします。 こうしてドュルチェはモルナを歌うことになったのです。最も知られた音楽スタイルで、カップルのダンス曲であるモルナは、「サウダージ」と呼ばれる失われた愛への哀惜、亡命、そして回帰への希望を、ゆっくりとしたリズムでノスタルジックに歌い上げます。ドュルチェはまた、コラデーラと呼ばれるモルナより早いリズムで、アコースティック楽器(バイオリン、ギター、カバキーニョ)による伴奏の加わった歌をレパートリーとします。これは、長い空白の時を経て愛するものと再会する感激を歌いあげます。 このアルバム Mel ‘d Cana で、ドュルチェは名音楽家たちにバックアップされています。そのメンバーには、セザリア・エヴォラについて果たした功績で有名なバウとも呼ばれるルフィノ・アルメディアも加わっています。 MEL D’CANA
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